「鷲崎健のロレンチーニ便」第55回

鷲崎健のロレンチーニ便

第55回(2021/03/10)


■テーマ「未読」


 未読の話であり、未視聴の話。


 いい年をして読みもしない本を未だにバカスカ買う。
 もちろん購入した瞬間はすぐにでも読もう、と意気込んで買うのだが。だいたい意気込んでる時は読書欲より購買欲のほうが上回っている時なんであれもこれもと手当たり次第買ってしまう。これは文字の空腹状態なんで、結局どれか一冊を読むとあるていど満たされてしまう。

 若くて読書内臓が丈夫だった時は何冊読んでももたれることなどなかったのだが最近はゆっくりじっくりと読まないと消化が追いつかない。なので必然的にいわゆる積ん読本が多くなっていく。数えてはいないが多分百冊くらいか。まあ、この歳の本好きの中では比較的少ない方じゃないかと思う。


 吉村昭がエッセイで「毎日のように書斎にむかっているが、一字も書けない日もある。ただ、じっと椅子に向かっている。あれこれと小説のことを考えているが、書きたいものがわいてこない。私の仕事は机にむかうことで、考えてみると妙な職業である」と書いていて、これは我々読者の側もひょっとして同じではないかと思う。

 読むことよりもその本を買って手に取ること、パラパラとただページをめくること、その行為そのものがすでに読書なのではないか。本との戦いはもう始まっていて、間合いをつめここぞと言う瞬間にヤッと一気に読み斬る。でないと没入出来ない。相撲の仕切り直しのように間合いを計ったけど今じゃない、とまた閉じてしまう本も少なくない。



 ナポレオンの本好きの話はご存知だろうか。およそ三千冊からなる移動図書館とも言うべきものをつくって、各国遠征の軍勢に参加させたと言う。皇帝の好みに合う本を集めるために何百万フランという金額を要したと言うがしかし三千冊である。移動しながら読む量ではないだろう。
 フランス人はそもそも本に対してある種のフェティッシュのようなものを持っていて、「女と馬と本は貸借無用」ということわざもあるほどだ。読むよりもまず買うものであり買って戦場にまで持っていくもの。もちろん読む暇など無い。「だからフランスの本は、読まなくても充分に本の楽しさを満喫出来るように、装丁や文字組みや、用紙や、挿絵や、レイアウトにあれだけ凝った」と自身もかなりの書痴である荒俣宏のエッセイにある。本とは、ある種の人間にとっては読むという機能を超えた美術品なのである。


 先日ラジオトークで「かつ丼がうまいかまずいか」という話になった。まずくはないが、ひとくち食べる前に想像していた美味さを超えることがあまり無いという話になり、つけ麺やカルボナーラなどもその類である、という展開になった。

 もちろん個人差のある話ではあるし偏見を一種のエンタメとして楽しんだ会話ではあるが、この感覚は食べ物に限らずあらゆるものにあるはずである。タイトルと装丁と簡単なあらすじを見て脳内に広がったイメージを超える読書体験と言うのはじつはそう多くはない。
 本屋のレジに持っていくまでに想像したワクワクが実食した物語より美味であることは往々にしてある。ゆにばーすの川瀬名人の特技は「読んで無い本の帯を軽く見ただけでA4二枚の原稿用紙に感想を書ける」なんだそうでこれをすごいと感じるか否かは置いておいて「分かる」とは大いに思う。

 SFとミステリーはあらすじだけを読んだ方が面白いと言ったのは誰だったろうか。カート・ヴォネガットは自信の小説の中にキルゴア・トラウトという小説家を登場させていて、彼が書いた小説のあらすじを随所に書いてくれるのだがこれが滅法面白く、読んでみたいと強く思わせる。同じく森博嗣の「ミステリー案内」も古今のミステリーのレコメンドブックだが、要約と説明それ自体が小説のようで美しい。


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